現:No.002
著者:月夜見幾望


「つ…か…れ…た……」

答案用紙が回収された途端、思わず机に突っ伏す。
やはりと言うか、予想通りと言うか。
僕が詰め込める知識量には限界がある、ということを思い知らされたテストだった。
どっかで見た覚えはあるんだけど、肝心な時に思い出せないのは辛いよね。さらに補足するなら、どうでもいい時に限って、ふっと思い出せることが多い。
以前、茜に「どうすれば忘れないようになるの?」と尋ねた覚えがあるが、返ってきたのは「人間には短期記憶と長期記憶があってね。短期記憶は約20秒間情報が保持されて……(以下略)」という、聞いていて眠くなるような長ったらしい解説だけだった。
残念ながら、僕自身がそんな理論に当てはまる人間だとは思えない。やっぱり、自分なりの勉強法を見つけるしかないんだろうか……。

「なに暗い顔してんだよ、桔梗。ほら、昼休みになったし購買に行くぞ。早く行かないと混むからな」
「青磁……、僕にはなんの才能もないんだろうか……」
「なんだよ、いきなり。そんなにネガティブにならなくても、桔梗の良い所はちゃんと分かっているから元気出せよ」
「良い所って、例えば?」
「うん? 文学部の連中から慕われてるじゃんか。おまけに作品も面白いし、噂によると固定ファンも数人いるって話だ。あんな“濃い”連中に慕われるなんて、よっぽど人望がないと無理だぜ」
「……それって褒められているのかな」

文学部に入部して以来、僕は自分の夢の出来事をよく書き綴るようになった。
名前も知らない不思議な少女の物語。その不透明で不確かな内容を綴ることに意味なんてあるのかどうか分からない。
けど、どこかファンタジックでミステリー染みた内容が、けっこう受けているのは事実だ。
「次の部長は桔梗で決まりな!」と会議で言われたこともあるが、その真意は謎に包まれている。
本当に僕を尊敬しているから推薦したのか、はたまた自分が部長をやりたくないから人に押し付けたのか。
どちらにせよ、ただでさえ成績が危ういのに、さらに部長を任されるなんてことがあったら、忙しさに反比例して成績が急降下するのが目に見えている。
そのような事態だけはなんとしても避けなければならない。

「ま、ごちゃごちゃ考えるのは後にして、とりあえず昼飯だ。え〜と、茜は……っと、教室にいないとなると一足先に購買に行っちゃったようだな。あいつの好物売り切れるの早いから」
「知的なように見えて変な所で活発的だからね、茜は」
「だな。図書館にこもっているように見えて、以前デパートの安売りセール時に朝一で並んでいる所を目撃してしまったし……っと、今俺がしゃべったことは内緒な。あいつの前で言ったら、なにされるか分かったもんじゃない」
「ははは、了解。じゃあ、さっさと行きますか」

僕は鞄から携帯と財布だけ取り出してポケットにしまうと、青磁の後に続いて教室を後にした。








彩桜学園の購買。
高等部の校舎棟から割と近い位置にあるためか、昼休みは多くの高校生でにぎわっている。
購買とは別に学食も併設されているが、そちらは大学生の利用が多く、大学部のサークルが席を占領していることもあるため、若干入りにくい。
また、人が多く集まるこの場所には掲示板もある。中等部、高等部、大学部、大学院の4つの掲示板が作られ、重要な知らせはここに掲示されることになっている。
学園祭の時期などは、各部活や委員会が催し内容を掲示するため、かなりカオスなことになる(まれに、「これ版権大丈夫なんだろうか……?」というチラシも見かけるが、そこは学園祭の実行委員が裏でうまくやってくれているんだろう)。
で、目下の問題は、大量の菓子パンや飲み物を両腕いっぱいに抱え込んで、こちらに向かってくる一人の少女。
一度ダンボール箱に詰めたほうがいいんじゃないか、ってくらいの量を危なげなく運ぶ様は、かなり人目を引いているが、本人は特に気にしている風には見えない。

「……おい、茜。お前はそれ全部一人で食うつもりなのか?」
「当ったり前でしょう! 『腹が減っては戦ができぬ』!───お腹が空いていては何をやってもいい仕事ができない。仕事にかかる前にはエネルギー補給が必要だという、だれもが知っている有名な教えよね。午後のテストを乗り切るためにも、ここはちゃんと食べておかないと」
「お前は、自分が知的な雰囲気を纏っているというプライドみたいなものはないのか? そんなイメージブレイクなことばかりやってると、マジでネタキャラ扱いにされかねないぞ」
「そんなの知ったことじゃありませーん。変にイメージ作りしてもストレスが溜まるだけだし、やりたいことやった方が自分らしいって思えるでしょ」

そう言って天使の微笑みをつくる茜。
う〜ん、かわいい……のか?
黙っていればかわいいかもしれないが、その笑顔から作り出される彼女の文学作品は、実にドロドロしたものが多い。
歪な三角関係とか、主人公の少女がヤンデレとか、中世の魔女狩りとか……なんでそこまで歪んだ作品ばかり書けるんだ、と彼女の精神状態を疑いたくなるときもある。
事実、無言でキーボードに指を走らせている時の彼女の笑顔は、決して天使のものではなく、悪魔の微笑みだ。

「桔梗。あんた、今すごく失礼なこと考えているでしょ」
「と、とんでもございません! 茜はとてもかわいいなあって思ってただけよ!」
「桔梗。その言い方だと、お前が少なくとも茜に対してなんらかの好意を抱いているってことになるぞ」
「わぁあああ!! しまった!!」
「何が、『わぁあああ!! しまった!!』よ! 失っ礼ね! せっかく、あんたたち二人の分の昼食も買って来てあげたのに、感謝の一つくらいしなさいよ!」
「え? 全部一人で食べるんじゃなかったの?」
「そんなの冗談に決まってるでしょ。後から並ぶと大変だから、わざわざ買ってあげたのよ。まったく、ジョークも通じない男なんて最低ね」
「うぅ……反省しています。あと、買って来てくれてありがとう」
「よし、今回は許してあげましょう。だけど、次はないと思いなさい。はい、青磁はカツサンドと焼きそばパンがお気に入りでしょ。桔梗は、白身魚が入ったパンとポテトサラダ。飲み物は二人とも牛乳でいいわよね? あ、ちゃんとフォークとストローも貰っといてあげたから」

言いながら、甲斐甲斐しく食品の分類を始める茜。
なんていうか……こういう気の利いたことを素でできるのが茜のすごい所だと思う。僕の場合、せいぜい困っている人を助けることくらいしかできないもの。

「なんだ、やっぱり茜に気があるのか?」

僕がぼんやり茜を見ていると、不意に青磁が小声で聞いてきた。

「そ、そんなことあるわけないだろ!」
「あはは、なにもそんな向きになることないだろ。実際、あいつの性格は悪くないと俺でも思うからな。他人に気を配るという共通点もあるし、案外お前ら二人お似合いだと思うぜ」
「そうかなあ……。僕は、お互いがお互いに気を配ってしまって、ぎこちなくなると思うけど……」
「あ〜、まあ確かに一理あるかも。でも、どうなるかなんて実際に付き合ってみるまで分からないものだしなぁ」
「そこ! さっきから何ひそひそ話してるの!」
「いや、なんでもない。俺からも礼を言うよ。ありがとな、茜」
「お礼は後でいいから、まず先にお金を払ってよね。ええと、青磁はサンド130円とパン110円、牛乳が90円、それからこの前私がデパートに朝一で並んでいる所を目撃した罰金として1,000円……っと。全部で……」
「ちょっと待て!! なんで俺が目撃したことを知ってんだ! そして、なぜそれで罰金を取る必要がある!?」
「この前青磁らしき人を見かけたと思ったけど、やっぱりあんただったのね。ふふ、自白御苦労さま♪」
「なっ! カマかけやがったな! おい、桔梗。やっぱりこいつの性格は最悪だよ! 悪いことは言わないから考え直したほうがいい!」
「やっぱり、さっきのひそひそ話……私についてだったのね! さあ、どんなことを話していたのか洗いざらい吐いてもらいましょうか?」
「まさか、こいつ……ここまで読んで罰金の話ふっかけたのか!? なんて悪女だ……」
「失礼ね! 青磁が自分からペラペラ明かしたんじゃない! まったく、あんたはすぐ自分に都合よく事実を変える」
「はあ……、僕には君たち二人のほうがお似合いに見えるけどね……」



それから、青磁と茜の激しい言い合いが終わるまで、軽く10分かかりましたとさ。



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